初夏どころかこのまま夏へ突っ込むのではないかというほどの
居たたまれぬレベルの高気温がやって来て。
いつもは梅雨寒に震え上がりながら半袖を着る衣替えも、
今年ばかりは例年以上に待ち遠しかっただろう女子高生らが
白基調の制服を潮風にひるがえしつつ歩んでゆく。
新緑の趣もやや落ち着き、
萌え初めの明るい緑が目立った街路樹の梢にも
どんどんと深みのある色合いが増しており。
様々な緑のグラデーションが目にやさしい中、
夾竹桃の生け垣には濃い緋色の花が咲き始め、
野生のビワの木には深緑の葉と拮抗する橙色の実が生り始めており。
真夏に比べればまだ蒸し暑くはない、爽やかな風の吹くいい季節ではある。
純白の大きな百合、カサブランカが咲き誇る水路沿いの庭園は、
この時期だと庭一面を占めている紫陽花の茂みも有名で、
青や紫、白っぽい緑に濃い緋や赤と、
様々な色合いの紫陽花の毬花が絶妙な配置をされ、
虹の帯を巡らせたような見事な光景を織りなしていて。
「紫陽花って物凄く沢山種類があるんだってね。」
ダンスパーティーなんていうのもあって、
淡色で大きめの装飾花がそれは豪奢に開いて、
まさにパーティーに招かれた淑女のドレスを思わせる華やかさ。
純白のは“アナベル”という名で最近人気急上昇の種で、
小さい花びらがたくさん重なり合ってやはり豪奢な“てまりてまり”や
八重咲の“万華鏡”など、
電網でちょっと検索しただけでもそれらの可憐な姿が確認でき。
「…中也さんか?」
「うんっvv」
どっちかといや食い盛りの虎の子くんが
そんな方面へ自発的に知識を広げようとするとは思えぬと。
失敬ながらもそう思い、
そういう風流をさりげなく教えてくれる人といやぁと、
共通の知人を思い浮かべた漆黒の覇王様。
彼の人に教わったのかと随分と省略して訊けば、
向こうも慣れたものでそれは素直に“うん”と頷く無邪気さよ。
今日はどちらも非番ではなかったが、
虎の子くんは迷子の猫探しというなかなか愉快な依頼に従事し、
先程 連れの鏡花と共に該当のお猫様を発見したため、
依頼主のところへ返されるのを見送ったばかり。
妙齢のご婦人の依頼なので、
ケージを持って来てくれたナオミ嬢と鏡花とで向かうこととなったとか。
片や、ポートマフィアの黒獣使いさんはといえば、
連夜の夜勤明け、報告書を仕上げての帰宅途中だったらしく。
最近馴染みの路販車のスムージーを買っているところで、
通り合わせた虎の子くんと遭遇し、
知らぬ仲じゃなし、加えて微妙に今は任務中でもないのでと、
それぞれにそれは健康的なドリンクカップを片手に、
水路沿いの遊歩道をのんびり歩んでいたりする。
「さっきの路販車、実はたまたま通りかかったわけじゃあないんだ。」
「??」
初心者なのでとセロリとバナナのを勧められ、わあ美味しいと目を丸くしたくらいで、
スムージー自体にも縁がなかったらしい少年だが、
「実はね、あの店を芥川がご贔屓にしてるって聞いてたもんで。」
「……?」
少年の自尊心と名誉のために言うと、
いつものように奢ってもらったわけじゃなく、
今日は頑張って先んじて 自分のお財布から出している。
そうじゃあなくて、
「贔屓と言っても…。」
小さなボックスカーはこの春からお目見えしたばかりの新顔だ。
観光スポットからも微妙に外れたところなため、
ポートマフィアのその筋担当も
まさかに“みかじめ料”をと まといついてはいないほどのささやかさ。
そんな目立たない出店をこのマフィアの禍狗さんが贔屓にしている何てこと、
さほど広まっていようはずがない話で…。
「……。」
そこまでをつらつらと想起するのと並行し、それはなめらかな理解が追い付いたのだろう。
小松菜とリンゴのそれ、穏やかに飲んでいたストローを口元から離すと、
「………太宰さんか?」
「うん。」
ぽそりと訊いたのへ申し訳なさそうに返した敦であり。
「実は和系の甘いものなら好きな方で、濱屋の回転焼きが好きだってこととか、
ハチミツ飴を時々なめてるとか、色々と教えてくれてて。」
さっきの路販車の話もね、
「二筋ほど先の水路に掛かってる橋が、
太宰さんの最近お気に入りな入水ポイントだったらしくて。」
そろそろ桜も仕舞いかな、今年は早かったねと鼻歌混じりに歩いてて、
じゃあ今日はあそこへ行くかなんて、馴染みの居酒屋の暖簾でも目指すよに向かってたら、
『夜勤明けらしいあの子をたまたま見かけてね。
いやぁ、引き合うものがあるのかな、やっぱりvv』
そりゃあご機嫌そうにあれこれ語ってくれるのだとか。
自分も他へは話せぬ相手との惚気を聞いてもらっているのだし、
太宰が慈しんでる対象は、自分とも仲のいい青年なのでと、
特に抵抗もなく聞いてはいるのだが、
「時々、それは広めちゃあいけないでしょうっていう、
行動範囲の話も出るもんだからさ。」
ポートマフィアの禍狗こと、寡黙な死神さんの挙動、
広めては不味かろうというのと同時、
何でそこまで詳細に知っているのだろうかと、そこは敦くんにもちょっぴり疑問でもあって。
いくら尊敬する師が相手でも、
自分の行動の一部始終を報告しまくる人柄ではあるまい。
必殺の黒獣の顎で敵対組織の支部を鏖殺した帰りに、
鍵付きの垢で “サカキ屋の季節限定まめ大福 なう”なんてやり取りしてたら
敦くんとて ちょっと引く。(ちょっとなのか?)
*すいません、当方 lineとかツイ友とか経験ないのでよくわかりませんで
とはいえ、
「話したくてしょうがないのは判るんだよね。/////////」
じわりと白い頬染めて、
虎の異能で そこいらのチンピラ組織ならあっさり瞬殺できる子が、
それは判りやすくも照れ照れ含羞んでおいでで。
「大好きな人の思わぬところとか、可愛いところとか発見したら、
そりゃあ嬉しくなって、なんかもう うずうずしちゃって、
聞いて聞いてってなるからネvv」
きゃ〜んと目許をぎゅっとつむっての、たまらんっという表情になってしまったの、
敦本人は可愛いけれど やはり理解が追い付かず、
「かわいいところ?」
「そうそう。例えばね?」
この子の想い人と来ればあの頼もしい五大幹部様のはず。
身の丈は確かに自分らよりちょっとかわいいかも知れないが、(ごら )
人ならぬものまで薙ぎ払うほどの、いわば人類最終兵器かも知れない実力もつお人だというに。
かわいいと? どんな物差しで言っている?と、
黒獣の主様が困ったように眉を顰めておれば、
「ワインを飲みすぎちゃうと、可愛い可愛いの連呼になっちゃうところとか。
自分で外套掛けの天辺に乗せたくせに、
俺の帽子はどこ行った捜して来い、褒美をやるぞなんて言い出すところとか。」
「……それは本当に中原さんのことか?」
問われたことに他意なぞ感じぬまま、うんっと力強く頷いて見せ、
「きっと太宰さんも同じような想いから、
芥川のことが可愛くてしょうがなくって、それで
ついついボクに一杯話してくれるんだと思うんだけど。」
そうと言ってから、今度は一転してやや眉を下げて見せる虎の子であり。
「もしかして、言った覚えがないこととかボクの口から飛び出しても。」
「…判った。そういうこと、なのだな?」
太宰さんが告げ口したっていうんじゃないからね、そこも勘違いしないでねと、
あくまでも あのなかなか面倒くさい上司を庇っているらしい敦の言いようへ、
やれやれと、苦労が絶えぬなとの苦笑が洩れる。
“かわいくて云々はどうかと思うが…。”
そこはあんまり嬉しくはない、むしろ……。
◇◇
裏社会から離れたのは、
大切な友から告げられた遺言に背中を押されたせいだ。
彼の異能、数秒先が見えるという力ではないが、
何に接してもその行きつく先が読めてしまい、
絶望しか拾えない無味乾燥した世界に嫌気がさしていた自分へ。
頭の切れすぎる自分にはどうあがいてもその世界以外は手に入らないと云われ、
だったら、
何を選んでもどの道を行こうとも同じなら、
人助けをしろと、善を為せと言われた。
悪の汚泥に埋まりながら、血まみれになって人を陥れてばかりいるより、
その方がいくらか素敵じゃあないかと、
表情の乏しい、感情も乏しい彼が、クスッと小さく微笑ったから。
死にゆく身なのに、お前の友達だからと何てことなさげに言うものだから。
柳の枝が随分と伸びていて、風に吹かれて揺れるたび、
流れているのか怪しいほど穏やかな、眼下の川の表へ波紋を描く。
欄干に肘を引っかけ、やや俯くようにそれをぼんやりと見下ろすは、
港近くの花園で、今を盛りに咲き誇る白百合のような、
淑として嫋やかな横顔を晒しておいでの美丈夫で。
白百合のようと評したが、決して華麗で豪奢という佇まいなのではなく、
どこか繊細、でも知的な冴えに引き締まった、
見ようによっては寂しげな愁いを頬や目許に刷いたよな、
どこかミステリアスな風貌をした男性であり。
上背もあるし、ふと視線を感じて顔を上げると、
表情豊かな口許ほころばせ、
行儀の良さげな手を“は〜い”とひらひら振るよな愛嬌もなくはない。
「カッコいい人ね。」
「ああ、あの人ね。
でも辞めときな、あそこから川へ飛び込む変な人だし。」
「え? 何それ。」
近場のカフェの店員らしき人から助言され、
何だそりゃと可笑しく笑って行き過ぎるお嬢さんたちを穏やかな眼差しで見送って。
再びその視線を川の表へ振り戻す太宰であり。
“……。”
そもそも、命のやり取りが日常的に行われる世界でならば
生と死を分かつよな瀬を渡る緊張感とか、身を震わせるほどの興奮とか、
そんな実感が見つかるかもと身を置いてたに過ぎなかったので。
マフィアという世界には もう何も得るものなぞないと判った時点で、
何の憂いもないままに居たたまれぬと飛び出したものの、
“…私、人を救えているのだろうか。”
確かにね、達成感はある。
難敵の専横へ、じれったいほどの正攻法でにじり寄ったり、
時に仲間内からさえ叱られよう強引洒脱な搦め手で引っ掛けたりして、
無辜の存在から、絶望や悲哀の涙を払ってやれるのだ。
誰か何かを愛しいと想うこと知った身には、殊更に感銘も受ける。
でも。
単純で判りやすい“正義”とは何か違うことやってるなとも思う。
世にはどうしようもなく腐った奴がいる。
余りに酷な独善を貫き通すやつもいる。
それでも殺してはいけないと、法や規律から外れない処し方があるとし、
ひたむきに頑張る国木田や敦の真っ直ぐな気性が眩しくて。
そんな理想が叶えてやれたらいいなと思いつつ、
でも、それは時に眩しすぎ、
弱いものへはそれもまた身を裂くような刃にもなるのだよと、
かなり冷たく言ってしまう。
それこそ。そこを悟られては何にもならないから。
どうでもいい人まで救いたいとは思わないと嘯いて。
真の標的へ最後通牒を突き付けるべく、
逃れることも不可能となるよう、巧妙に追い詰める必要があるならば。
寝返ったのかと疎まれても構わぬと振る舞ってでも
吐き気のするよな対象へじりじりと接近し、
自分の四肢さえ厭わず絡みつけ、地獄の釜へもろともに落ちても構わない。
社畜めと罵っている中也以上、
盲目的に自己犠牲に飛び出す敦くん以下の
どうしようもないお馬鹿をこそ、敢行しようと構えてしまう
何とも愚かな私だけれど
「案じずとも大丈夫だよ。
だって、どんなに繕っても、まずは誤魔化されるまいキミが、
きっとどうにかして付いてくるに違いないのだからねぇ。」
今だって、どうやって此処に居ると判ったやら。
敦くんの鼻でもなかなかここは判らないというにと、
頼もしい肩越しに振り向けば。
長外套姿の愛しい子、何物もを貫く黒獣操る青年が
気配もなく佇んでおり。
こうまで言葉足らずな言いようで
何がどうというのが果たして通じているものか、
理解者だと思われているのがただただ心地いいのだろう。
端正なお顔を柔らかくほころばせ、
「少なくとも今日だけは、入水も首くくりも辞めてくださいね。」
「おや、どうしてだい?」
君からの望みなら聞いてあげていいけれど、
何で今日と限定するのかと、どうやら本当に気づいてないらしい
敬愛する師へ、口許に浮かべた笑みをなお深くした芥川。
「然るに 今日は……。」
〜Fine〜 18.06.19.
太宰さん、お誕生日おめでとう♪
今朝から書き始めたんで、自分でも何が言いたいかよく判らなくなってしまいましたが。
ややこしくて面倒くさい人ながら、でもでも、みんなあなたが好きですよと、
愛し子に代表して示してもらいました。

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